▼ 2010/07/31(土) 南極の湖の物語 その27
「シーズン先取り水浴び騒動」
先週、南の大陸までたどり着くルートを作ったところまでは、晴れた穏やかな天気が続き、
「このまま、春の安定した季節になるのかも知らん」
と思わせるぐらいだったが、しっかりとその週末から悪天候。それが終わってもなお、日中15m/sほどのちょっと強めの風が終日吹き付けている状況。だから今週は基地から遠征して大陸上での今季初仕事にかかる、というわけにはいかなかった。それでも、曇りがちの天気にもかかわらずこの頃は午前9時ごろには世の中が明るくなるから、もう、冬も終わり。着々と春が近づく気配を感じることができる。

ブリザードや地吹雪があると、基地の建物周りには吹き溜まりがきわめて簡単についてしまうものだ。強風で吹き飛ばされて集まるべきところに集まる雪の量は半端なものではない。ちなみに年間降雪量はどのぐらいかというと…実は、正確にどの程度なのか?これが計測できるすべがない故、本当のところ、わからないのだ。だって、雪は空から降ってくることは間違いないのだけれど、風に飛ばされてどこかへ行ったり、どこかから入ってきたりするわけで…。そんな横方向(水平方向)の移動が気まぐれな風任せになって変動するこの地で、何とか標準的な方法で測ってみようとしたところで、とても悩ましいことになってしまう。それでも、と、いろいろ知恵と工夫で真っ平らな海の氷の上に目盛を標した棒を幾本も立てて、定期的に積雪量の変化を点検測定したり、大地に立てた柱に地表までの距離を自動測定する機械を取り付け、積雪量の変化をこの距離の変化で判定しようとするような測定をしてはいる。だけれどもこれらで測定された値は、
「空から降ってきている雪の量を、どのぐらい表しているのか?」
という質問に答えることができないのだ。感覚的には日本の雪国に比べると大した量の雪が降っていない気もする。伸ばした手の先も見えないブリザードに見舞われていたにもかかわらず、海の氷の上には全く雪が積もらないばかりか、かえって前につもっていた雪が吹き飛ばされて、「マイナスの降雪」のようなこともしばしばなのだ。ややこしい。鯉のぼりの吹き流しのように風なりにたなびくものの口を通過する雪を何らかの方法で計測すれば、目の前を通過する雪の量は測定できるとは思うのだけれど、それとて「降った雪」でも「その場に積もる雪」でもないからねえ…。
風が弱まる建物の風裏や自然の窪地に発達する吹き溜まりも、いったんある程度たまって風が吹き抜けるようになると、今度はその部分には雪が「積もらない」ようになるし、そうやってできた吹き溜まりの風裏に、また新たな吹き溜まりができたり…。

「空から降ってくる量は正確にはわからないけど、吹き溜まりはあっという間にできる。ひとつ、こいつをうまいこと利用できないもんだろうか?」
こう考えて、おそらくは計画されたのだろう。昭和基地の生活水をためているダム湖「荒金ダム」は基地の観測棟が立ち並ぶ丘の風裏の窪地にあり、巨大な吹き溜まりができる場所を堰きとめたものである。このダムから建物へ引き込む水を循環させながら溜めておく大型水槽(プール)もまた、基地主要部の建物の風裏の露天に設置されている。ダムの表面は上の写真のように冬にはほぼ凍結して湖面が雪と氷で覆われてしまっているのだけれど、中の水は基地脇のプール・発電機の冷却水などの間を常時循環させられて、結果として液体の水が一年中ダムの中にある状態で維持されているのだ。昭和での生活水が不足がちになると、隊員たちは露天にある大型水槽に「雪入れ」をして水を確保する。こうした廃熱を利用した「水確保システム」で吹きだまる雪をうまく使って生活しているのである。

基地脇の露天にある大型水槽の容量はおよそ130kLである。ドラム缶にして650本分だ。ブリザードや地吹雪が生じると、勝手に雪がこの中に入る。入りすぎちゃって、オーバーフローすることもしばしば起こる。融けきれず、完全にこの水槽が埋もれてしまうこともある。水槽の周りの雪が火口湖(マール湖)・カルデラ湖、あるいは圏谷湖(カール湖)の外輪山のように3mほどの高さの急峻なえぐれた斜面となって取り囲んでいる様が写真からわかるであろう。もし、ここに水槽がなく、普通の地面ならば、写真奥の建物から手前の写真撮影場所までは3mほどの高さの雪の吹き溜まりで埋まってしまっているはず。つまりは、その分の雪が勝手に自然の営みでこの貯水槽に投入されている、そういうことになるわけだ。こんなふうに、自然の恩恵を受けながら生活水を確保している。が、かといって、全く手放しで、自然の恵みにまかせっきりですむわけではない。水を循環させているポンプのメンテナンス、水量のチェック(オーバーフローすると基地設備に浸水することもあるし、不足すると渇水になってしまう)を怠ることはできない。こんなポンプ周り、水量ゲージの辺りに吹きだまった雪を除去して、点検できるようにしようと、ブリザードが収まった後で、スコップを片手に作業に取り組んでいた。

融けきれない雪が水槽の上まで覆い尽くした部分を何とかしよう、と思い、自分では水槽の外に足場を作って除去作業をしていたつもりだった。自分の降りおろしたスコップがその雪をえぐったとたん、自分の足場もろとも氷が割れてしまったのである。貯水槽の深さは1mちょっと。胸までしっかりと水につかってしまった。ありゃま、水槽の外ではなかったのか、この足場は…。
湖の仕事をしている関係上、これまで凍った湖、そして海などに落ちたことは、実は何度かある。そんな凍っている水に落ちても、まあ、「つめたくて死んじまう」という感覚に瞬時に襲われることはこれまで全くなくて、「思ったよりも暖かいもんだなあ(暖かいわけではないのだが)」と思えるものだ、ということも経験を通じ体が覚えてくれている。このたびも廃熱循環システムの威力で、おそらく水温は4,5度ぐらいかな?と感じられる程度には暖かい(ただし、冷たい外気にさらされる水面はしっかりと凍っている、水というのは思ったよりも混じりにくいのだ)。落ちてしまった以上、あとはあわてずに速やかに水から上がる、という行動を冷静にとれるかが肝心。
落ちた場所は水槽の縁ではあるのだけれど、水槽の縁は50cmほど高さまで雪が積もった状態の断崖となっている。断崖からは急な斜面が立ち上がっている。水槽の中央部表面には5cmほどの薄い氷が覆っている。自分が作業し除去して落とした雪が落ちた場所の左右の氷の上に乱雑に積み重なっており、その部分は氷も割れている。左右に逃げ場はなし、か…。一度は落ちた岸方から上がってみようかと岸の雪の段差に手をかけようとしたが、うまいこと手掛かりとなるところが無い。また、水槽の中には足がかりとなるところもない。
「しょうがないねえ…かといって、いつまでも水の中に入っているのも、よくないねえ。これはいつものように…」
と、水槽中央部の割れてない氷板へ、ニョロン、とアザラシと化して滑り登って自力脱出完了。あとは匍匐前進して氷を割らないように水槽を横断して、雪の外輪山のうちでもっとも緩斜面のところを目指して這い上った。危険個所からの離脱成功。水の中では妙にあわてて暴れると自分の体温で温められた衣類に浸水した水がかき回されて逃げちゃうし、水から氷に一刻も早く上がって逃げようとする焦りは、しばしば氷の一点に力を集中しちゃうような行為を招き(立ち上がるとか、氷の縁に手をかけて力を込めるとか)、無駄に氷を割っちゃうことになるものだ。体重が人の5倍以上あるアザラシが、人が立って歩くと踏み抜いてしまうような薄さの氷でも落ちずに寝そべっていたり、這いまわっていたりする姿から悟り学ばずして研究者を名乗ることはできまい。むふふふふ。と、ひと安心しながら這いまわっているところを、基地の建物の中から窓越しにひとりの隊員にしっかりと見つかってしまった。むむ、またしても失態を曝してしまったか。
日本では夏真っ盛り、どこの海辺も海水浴客でにぎわいを見せているのではないだろうか?こちら昭和でも、ちょっと夏には早いのだけれども、一足先に水につかってみたのでした。
