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南極ブログ通信

2010/06/01(火) 南極の湖の物語 その18

2010/06/01 27:23 日記 工藤栄

「藻原のヒミツ?」
 前回は南極の湖底にはいろんな形の何ものかがニョキニョキ生えているきわめてアヤシイ世界で、しかもその湖底自体は立つこともできないほど底なし沼化したものなのだ、というイメージをブログの読者に伝えたかもしれない。ところで、人生の達人的モノの見方によってはメルヘンの「お菓子の世界」が広がっていると、とらえられなくもない、とも書いた気もする。今回はそんな人生の達人の感性を通じて、これらの様々な形を示す生き物に、もう少しクローズアップしてみよう、と思いついてしまった。
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 とある湖へ潜水降下し、湖の中央部に広がる平坦な最深部へたどり着く。上の写真のように、わずかな突起がみえる緑の平原の広がりのところどころから尖塔のようなものが立ち上がっている。青く透明な水の広がりの中、そのものは青緑色を帯びたブロンズの彫像のようでもある。凛とした姿でひとりたたずむ姿は、いかにも「沈黙」が似合う。動いているものは潜水をしている自分だけ。ふと、水面をみあげると、風の引き起こした波紋で太陽の光が風で揺れるカーテンのようにたなびき輝いている。その中を自分の吐きだしたエアが無数に輝きながら上昇している。
沈黙→落ち着き→大人のシブさ→高倉健方面へ思考をめぐらしながら、ひととおりこれらの生き物のサンプルを採集して、
「ふふ、ミッション完遂、だな…」
と静かな満足感を心に抱いて岸辺へ帰り着く。
 と、そこでは湖底から引き揚げられたサンプルを手にした達人たちが、周囲の山々にこだまして轟くペンギンのオタケビにも似た嬌声をあげながらなにやら盛り上がっているではないか。
「うわー、このプルプル感、ぎりぎり固まったプリンみたい、たまんなーい!」
「このマーブルケーキみたいな、縞々、美味しそー(顔を近づける)!あ、ゲッ、何このくっさい臭いは―?だめだめ、プンプン!」
「こっちはミルフィーユみたいじゃない?あー、もーしばらく食べてないなー、ケーキ。誰か美味しいの作ってくれないかなあー」
「おお、これは!タルトケーキっぽいではないですか!」
「チーズケーキっぽいのもあるよ!どっちが好き?」
どうやら達人たちには沈黙は似合わないようである。
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まあ、にぎやかなことこの上ないが、確かに水の中から引き揚げた湖底の試料は、水中で見えていた青緑っぽさが全くなくなり、黄色やオレンジ色の鮮やかな色合いで(以前、湖の中に入りこむ光のことを紹介した際に、水の中では長い波長の赤っぽい光は吸収されるから深くには届かないんだよ、って書いたことを覚えているだろうか?地上で赤やオレンジ色に見えるものをその波長の光が無い世界においた場合、それらの色を認識することができないのだよ)、その手触りといい、固さといい、南極では久しく見ることが無かった(南極での野外調査は基本的にキャンプ生活なので、よっぽどのことが無いとケーキは食料として持ってきてはいないのだ)高級洋菓子にそっくりなものが、いろんな湖沼を調査していくにつれ、次々と見つかってくるのだ(なんだかカッコつきの説明文の方が長くって読みにくいがご勘弁を)。ビスケットのような固さのものから、シフォンケーキのようなスポンジ状のもの、チョコフレークを固めたようなものまで、いろんなものがある。達人たちの欲望が集団幻覚を引き起こさせたか、はたまた、湖底の世界に奇跡までをも生じさせたのか?
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とある湖の調査をしていたときのこと。ボートの上からのぞき眼鏡で、周辺とはちょっと雰囲気の違った湖底を発見したのである。このときには、我々には確固とした目的があった。オレンジ色のスポンジケーキをちょっとばかりおやつにしようと、いやいや、スポンジ様の生き物を実験材料にしようと、湖底からニョキニョキ生えている道路工事の三角コーンのようなものが立ち並ぶ隙間の平坦地に採集道具を操りおろそうとして、ボートの上から湖底の様子を目を皿のようにして観察していたのである。そんなときに、
「あ、クドさん。この下に、なんかもっのすごっくワルそうな、チャボウズ君がいるんですが、とってみましょかね?」
「(…極悪の茶坊主君だって?ってまた、いつものようにへなちょこなネーミング、しやがったなあ…)え、どこだい?いいよ、とにかくとってみるとするかね?ん、じゃ、ボートを誘導してくれたまえ」
ちなみにこの達人はつい先日「フトマルミニトサカ」なる名前を、下の写真にある湖底から5〜10cmほどの突起を作って立ち上がっているオレンジ色の物体に命名したばかりである。太くてまるくて小さくてとさかのようなものだから、って、見たままの印象を羅列したようなのだが、日本語と英語交じりの命名はいかにも現代に生きる若者らしい名づけ方、なのだな。このほかにも、ミニマル君、ニキビちゃんなど、お菓子系統「食欲派」の命名ばかりではなく、達人は「印象派」の命名も得意とするところであるのだ。ともかく、指示に従って、私は従順にボートを細かく操船することにしたのだった。
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「あいよー!もっと右、はい、そのまんま停止!うんしょ(採集器を下ろす気合の掛け声)。ターゲット、ロックオン!死ねー!!」
「バスッ(と試料採集器が閉じる音)」
と、傍で聞いていると何とも物騒な言葉まで発するほど、達人は夢中にそして真剣に試料を採集したのであった。達人の気合のこもった発声がおわって、ようやく緊張が解けた私はボートをこぐ手を休めて水中をみた。確実に水深4m下のターゲットのど真ん中を採集器が貫いている。完璧。この先絶対に達人に恨まれるようなことをしないほうが身のため、恨まれたら命がいくつあっても足りなそうだとの恐れをいだきながら、取り急ぎ試料を引き上げて、湖岸へとボートを漕ぐのであった。
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 湖岸でボートから機材と、今さっき確保した試料を積み下ろして間もなく、達人はやにわに採集器の中に入っている試料を真っ白なトレー(お盆)の上にとりだしたときのこと、
「ほょー(ドクタースランプのアラレちゃんの驚きの声を10倍ぐらい強烈にした感じ)!!!!」
「どしたの?おお、これは…」
上の写真、どう見てもオレンジゼリーをとろーりとかけたデザートっぽいお菓子にみえませんか?半透明のゼラチンのようなプルンプルンのオレンジコーティングが美しい、ナニモノカなのである。触った感じもまったく上質なゼリーって感じ。これって、本当に生き物なのか?生き物としては見たことが無いけど、おなじみのモノのような…という驚きよりも、その何というか、正直、甘酸っぱいデザートを前にした時の幸福感のようなものを達人は表情に浮かべているではありませんか。
「ちょっと、誘惑されちゃいますねえ…食べてみませんか?…(無味)むむ、甘くも酸っぱくもないのですねえ」
「おいしそうなんですけどねー」
注意してほしい。生物学者はいろんな場面で五感を通じ、自分の対象を観察するという性癖があるのだ。上の会話や行動は、何も特別に脚色したものではなく、ごくフツーに私の周りでは交わされているものである。いずれまた近いうちに別のおいしそうに見える南極の湖のモノを紹介することもあるので、この辺のことは覚えておいてほしい。ちなみに、これまでここに写真であげたモノ、チーズケーキのようなものにしろチョコフレークにしろ、ミルフィーユにしろ、タルトにしろ、その味覚は、何といいますか、全く味わいにかけているわけでして(達人たちの厳命で私は事細かに食味をチェックさせられていたのだ、無言の圧力ゆえ自発的な行動をとらされていたのだが)、この辺のものを大量に採集し、ひとつ南極特産品としてひと儲けしてやろうじゃないのさ、という目論見は全く成り立たないのですな。補足までに、まだ、私は死んではいないことから、これらはモーレツな毒を持っているものではなさそうだ、ということは身をもって証明できた気はしている。このことはきっと正しく人類に貢献できたこと、と自負したくなってきた。

さて、まとめてみよう。湖底にはなんだかアヤシイ形をしたものがわんさかいるらしい。そしてそれらは取り上げてみると、目にも鮮やかな色合いのお菓子のようなものであった(おいしくないけど)。こんな知識として役にたつかどうか全くわからないようなことを、不覚にも達人たちの念に押されて書いてしまった。はたしてこんな説明で終始していいのだろうか?かなり不安が増してきたところで、今回は無理やりおしまいとしてしまうのだ。

とうとう一日中太陽が昇らなくなってしまった南極昭和基地。闇に支配され情緒不安定になりがちなこの季節、真実に迫るような次回の展開ができるかどうかは、全く定かではない…。

 

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