▼ 2010/03/10(水) 南極の湖の物語 その6
「湖の生い立ち その3」
降ったばかりの雪というのは柔らかく軽いものだ。特に寒い時に降る粉雪などはそれほど重さを感じさせないほど。しかし湿り気を含んだり、ぎゅーっと押しつぶしたりすると重く感じるのは、常識。ある体積あたりの重さという密度の問題で、雪の場合、雪の結晶(これは氷なのだが)と融けた水、空気の混じり方で大方決まってくる。南極は、まあ、寒いことは、地球上この上ない。だから降る雪はおおむね粉雪とかアスピリンスノー、ダイヤモンドダストとか称される細かな軽い氷の粒。これが降り積もり、押しつぶされて隙間の空気が逃げたりつぶされて密度が大きくなって出来上がるのが南極大陸の上にある氷、「氷床」だ。
降り積もった雪は、また、季節的に融けたり再凍結したり、というのを経ると密度を増して立派な固い氷となる。だから、高山に何年も残っている「万年雪(といってもほんとに万年の時間、そこにあるかは保証できないから、科学では多年雪と称した方が正しいんだけど、言葉の味わいにかけるよね)」は、表面に新たに積もった雪の下はガチガチに凍った氷になっているよ。さて、そんな氷と化した雪が湖を創り出していることもある。雪の吹き溜まり(ドリフト)が谷を完全に遮断して、水を堰き止めた天然のダム湖を創っているのが下の写真だ。

この谷自体は氷河が削り取ったU字谷、このU字谷の上流部(上の写真の右下側の白い部分)には大陸氷床から続く氷河が控えている。夏にはその氷河の融け水が谷を伝い流れてくる。その水は谷をふさいだ雪(氷)の堤防で堰き止められ(下の写真奥に見える白いものが雪(氷)の堤防だ)、上流の谷底を満たし、湖を創り出す。そういえば、突然だが「U」の文字つながりで思いだした!雪国秋田で幼少の頃、雪解け時分に、友達と集落の中のU字溝に雪を踏み固めてダムをつくって、よく遊んだよなあ…。水がたまったところで決壊し、決壊してはまたダムを造り、といったことを飽きるまで繰り返して、流れだす水の力や迫力を感じて面白がっていたよなあ、なんて、ね。

この天然のダムもまた、水を湛えては決壊し、ということを繰り返しているのだ。4年前、そんな決壊が起きた。決壊の現場は誰かが見ていたわけではないが、確かに4年前のこと。なぜなら5年前の夏、自分が、この長さおよそ1km、幅100mの細長い湖の上で調査をしていたのだから。3年前にも調査に出かけた。こときには雪の堤防に下の写真のような大穴があいており、この上にあった湖は単なる水たまりの規模にまで縮小しちまっていたのだ。

そして、この下の写真は2年前の調査のとき。穴の出口に立っている人と比べるとその穴の大きさが想像できるだろう。ここから、どんな勢いで、湖の水が出て行ったのだろう?それは一気に鉄砲水となって、谷をかけ下ったのだろうか?物騒だが、実際にその力を見て感じてみたい。しかし、そんなことはこの先どのぐらいで起こるのだろう?

今年もまた同じ場所を訪れてみた。すでに雪の吹き溜まりは大穴を閉じさせ、その上流に水がたまり始めていた。また、何年か何十年かして、雪の堤防の強度限界まで湖が水を湛えた時、決壊は必然的に生じるはず。4年前の決壊以前に、この雪の堤防に大穴が発見されたのが、さかのぼることそのおよそ25年前。となると、以前の決壊がおよそ四半世紀前だから、次もそのぐらいで生じる?という安易な周期性を想定しちゃうのは考えものではあるけれど、正しく断言できることは、この雪の堤防でできた湖の寿命?というか年齢は、この周辺にある氷河湖に比べ、異例に若いんだということ。というか、せわしなく「そこにできたりなくなったり」してきた、ということなんだ。
▼ 2010/03/09(火) 南極の湖の物語 その5
「湖の生い立ち その2」
前回は「氷が流れて」できた典型的な地形と湖、「U字谷と湖」を紹介した。氷河が流れて地表を削り、岩を運び、といった作用が作り上げた湖、確かにこのような成因が主体の湖は、昭和基地周辺で数多く認められる。

(山や丘の上にはかつて氷で覆われていたときに、氷河が運んでそこに置いていった「迷子石」がたくさんある。氷河の忘れ物なのかもしれないが、それは氷河が覆っていたことを忘れさせないように、今も我々に語りかけてくれる)
氷は、また動かなくなってもなお、地表を削りそこに湖を創り出す作用をすることがある。カールという地形をご存じだろうか?氷河から切り離された巨大な氷が山の頂付近にとどまって地表を氷蝕してつくった、高い観客席のある野球場とか円形劇場(私、見たこともないが、きっとそんな格好をしているに違いない)のような丸いくぼ地のことである。こんなくぼ地に融け水などがたまって湖ができたりもする。

(二つの並走したU字谷のくぼ地にできた隣り合った湖のほか、写真右上にはこれらの谷筋ではない山の合間に丸みを帯びた湖がある。これが「カール湖。」まだ寒い冬明け後の写真だから、湖の湖面は固く凍結している)
湖を取り囲むように、むき出しの岩の壁がお椀のようにえぐられて聳え立っている。流れる氷が削り取る力は、なんとなく想像できるのだが、動かなくなって、置き去りにされた氷が、これほど岩山を丸くカービングする作用を持つということを、私のボンクラ頭ではイメージできないゆえ、うまい説明ができないので、ご勘弁を。ともかくそれは氷がとてつもなく巨大な重さで地表にのしかかりながら、幾度となく接した地表を凍結と融解を繰り返させて、岩盤を徐々に砕きこなし、少しずつ山をえぐっていったのかもしれない。そしてえぐられた土砂は、巨大な氷が徐々に解けて流れなくなった水とともに運び去られたのだろう。カールという地形は山の峰付近にある故、どこか一端は低くなっているので、多分そうだとは思うのだが。

(岩山をスプーンでえぐったようなカール、その底に湖ができる)

カール湖は、急峻な山の峰で囲まれてひっそりと守られている、といった趣だ。
▼ 2010/03/08(月) 南極の湖の物語 その4
「湖の生い立ち その1」
南極の氷、「氷床」がながれて氷河となり、陸地を削ってさまざまなくぼ地が出来上がる。そのくぼんだ土地が湖の底の地形、「湖盆」を作り、そこに水がたまって湖が出来上がる湖は「氷河湖」と総称されている。この種の湖は造山活動や断層などによってできる「構造湖」に比べ、一般的に浅いものが多い。昭和基地周辺に多数あるこれら氷河湖もまた、最大でも100mに満たない水深(注:すべての湖沼で最大水深が測定できたわけではないが)で、そのほとんどは10mよりも浅い。前回説明したように、かつて、昭和基地周辺一帯は大陸から張り出した氷河にすっかり覆われて、現在の温暖な時代、「間氷期」を迎えて大陸氷床が縮小し、海岸部が露出した。かつて氷河におおわれていた証拠として、現在露出している陸地には氷河の痕跡がいたるところに刻まれている。

氷河が流れ削った谷間は緩やかな傾斜の「U字谷」となっている。水の流れと浸食作用が作り出す日本で数多くみられる切り立った「V字谷」に比べ、谷間が広く谷底が丸みを帯びているのが特徴だ。谷底には氷河が運んできた土砂や岩屑が取り残され、ところどころに岩屑の丘(モレーン丘)となっているところもある。モレーン丘はしばしば谷を流れる水をせき止め、その上流部に湖を作り出すのだ。

一つの谷に沿ってそんなせき止められた湖がいくつか連なっていることもある。その連なりの様子から「数珠玉湖」と呼ばれる「氷河湖」の典型のひとつもまた、昭和基地周辺にいくつか見つけることができるのだ。場所によっては隣り合った湖の標高差が50mほどのところもある。氷河が後退していったとき、これらの湖は高いところから順番に出現したのか?それとも現在の標高とはあまり関係なく、氷河の末端から遠いほうから出現したのか?比較的短期間のうちに一気に出現したのか?

U字谷は氷河の流れていた方向に形成されるので、あるエリアをみると隣り合った谷はたがいに平行に並んでいることが多い。したがって、隣り合った湖の調査をしようとするなら、調査機材やゴムボートなどを背負い、谷筋に沿ってモレーンの丘を超えていったり、あるいはU字谷の岩壁の丘陵を登攀してたどり着たり、といったパターンになる。この丘の先にある岩屑や岩壁で隔てられた湖にはどんな成立の秘密があり、どんな生物世界が築かれているのだろう?そんなことを仲間と話しながら岩山を調査に向かうのだ。

▼ 2010/03/04(木) 南極の湖の物語 その3
地球は「水の惑星」と言われている。宇宙から見た地球は青く輝く水球、といってもいいぐらいだ。この水のおかげで、生き物が地球上に登場し、そして現在に続く繁栄が可能であったといわれている。何もそこまで大上段に理屈を振り回すことをしなくても、「生き物にとって水が必要不可欠なこと」は素直に理解できることだろう。地球上にある水の97.5%ぐらいが海に存在し、残りの2.5%のうちの4/5程度が南極大陸にある。残りの1/5は、実は大方地下水なのだ。湖や川、大気や土壌の湿り気、生き物の体にある水というのは、すべて合わせても地球上の水の総量からするとおよそ一万分の1程度でしかない。ならば、「地球上で南極大陸はもっとも水が豊富な場所」なのか?というと、生き物にとってはNo!と答えざるをえない。この大陸に存在している水のほとんどが「氷」であるからだ。残念ながら「氷」は融かさなきゃ(融けなきゃ)生き物が生命活動に使えるものではない。使えない「氷」がいっぱいあったとしても、使える水が「砂漠並み」にしかないのが南極大陸の環境の特徴でもある。

(南極大陸を覆う厚い氷を氷床という。氷床は平均二千メートル以上の厚さで南極大陸の97%以上を覆っている。氷床から顔を出している陸地は2%程度である。)
とはいえ、氷というのは「だまってそこにあって」生き物には何の役にもたっていないのか?というと、そうではなさそうだ。氷は水と同じように、高いところから低いところへと流れ、地表を削り、状況によっては融けて水を生みだし、そこに生き物の活動の場を提供する。南極の湖はそんな氷の働きでできたものである。大規模な氷の働きでできた湖、これを「氷河湖」と総称すると、どんなものがあるのだろう?昭和基地周辺で見ることのできるものを、次回、いくつか紹介しよう。

(氷床はじっとしているわけではない。高いところから低いところへと動いている。動きがひときわ早いものを氷河と呼ぶ。氷河は氷床を川のように流れ下っていく)
▼ 2010/03/01(月) 南極の湖の物語 その2
現在の南極に「表立って見える」湖ができたのは、実は地球の歴史上、そんなに昔のことではない。地球の歴史が46億〜50億年と言われ、その中で生き物が地球上に出現したのが、まあ、確実なところで30億年前、陸上に生物が現れたのが5、6億年、そして人類が活動を始めたのが100万年。その中で急速に文明化したのが(中国3,4千年の歴史と言うから、まあ尊重してもいいけど、3,4千年前の中国の歴史では空に竜が飛び交う世界だし…、西洋社会の肩を持つなら)、西暦零年から1000年ぐらいは何とか手繰れる現代につながる史実の時代と考えるなら、確実なところ3000年。そんな大雑把な時間の流れの中で、南極の現在の湖、ことに昭和基地周辺にいくつもあるものは、せいぜい2から4万年、その多くは数千年前程度に出来上がったものと推定されているのだ。おおむね、人類の史実の時代と一致する。日本でも道具を開発して使いこなせるホモ・サピエンスが縄文文化を築いた頃と成立年代を共にするらしいのだ。

(この湖ができて3千年としたら…生き物にとってその時間は長いのか短いのか?)
これは、おそらく偶然ではないだろう。地球上が一番最近の寒冷な時代「氷期(氷河期)」だったのが、現在の温暖な「間氷期」に気候変動した時期と一致するからだ。南極ではそれまで大陸を完全に覆い尽くしていた氷床が暖かくなったせいで後退し、それまで隠されていた大陸際や大陸の山の突端が露出するようになって陸地が出現し、結果、くぼ地に湖が現れた、というわけ。時を同じくし、温暖になった地球上で、ホモ・サピエンスが文明の華を開かせたと、解釈もできる。この氷期―間氷期というのはどうやら10万年とかいうような周期で(あるいはもう少し異なるのかもしれないが)、これまで繰り返し繰り返し訪れてきたらしい。

(大陸を覆う氷床・氷河の末端に露出した地表)
「地球全体が冷えたりあったまったり」するとして、もう一つ考えておかなきゃいけないことがある。現在の大陸は、地球ができてからここまで、分裂したりくっついたり、とにかく動いてきたということだ。現在の南極大陸は、「南極」ではなくもっと暖かいところにあったらしいことも、いろんな研究からまことしやかに(誰も見たこと、体験したことはないんだけど、いろんな証拠はある)語られているから、まあ、正しいのだろうと思う。地球規模の気候の変化と大陸の移動、おそらく変化が生じる時間スケールも異なる現象だろうが、つまりは、南極大陸、そして地球環境もこれまで、そしてこれからも常に変化していくのだ、ということを、以降の南極の湖の話の折々、頭の片隅にでもとどめてほしいのだ。

(湖の脇にあったアザラシの骨。かつて、この湖は海だったという環境変化の証拠のひとつ)
南極大陸が氷で覆われる以前、つまりはもっと暖かい場所にあった時の話、大陸上には木々が生い茂り、川や湖があり、その中で魚が泳ぎ、陸地には恐竜が存在していたらしい。これは「化石」となって現在でも南極大陸上から発見されるので、「ふーん、そうなんだ」と思っていても、まあ、間違いではないはず。5億5千万年前から陸上で生物が繁栄を始め、植物や恐竜の大繁栄を経た1億5千万年前ぐらいの間に、大陸にはごく普通に生き物が暮らせる環境があったということ。しかし、この後、大陸は世の中のほかの大陸からも「南極海」で隔離され、今存在する南の果て「南極」まで移動した。結果、陸上に築かれた「楽園」は逃げ場のない「氷の世界」に閉じ込められることになってしまう。氷が支配し始める世界で、生き物がどうやって生き続けようとしたか、あるいは結果、絶滅に至る沈黙の壮絶なドラマがどんなものであったかはわからない。おそらくは幾度となく訪れる氷期―間氷期の繰り返しも重なって、「生き続けることのできる環境」と「死に絶える瞬間」が繰りかえされた、と想像する。ともかく、その中でほとんどの生き物は「氷の世界」と化した南極大陸上で絶滅してしまった、と考えていい。ごく一部、「寿命」という概念を超越したような生き物は氷期を超えて、もしかして残存し、細々と命をつないでいたのかもしれないけどね。

(岩の模様のような黒と黄色の地衣類。菌類と藻類が共生し、岩の中にしっかりと入り込み、ゆっくりとだが確実に生き続けている。氷期を超えて絶滅せずに生き残ってきた、といわれるのだが、その真偽は私にはわからない)
